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映画 『おとうと』

 夫亡きあと小さな薬局を営み、一人娘の小春を育ててきた姉・吟子。大阪でただ歳を重ねてしまった弟・鉄郎。音信不通だった鉄郎が突然、小春の結婚式に現れ、酔っぱらって披露宴を台無しにしてしまう。激怒する周囲の中で鉄郎をかばうのは吟子だけだったが、後日、ある出来事がきっかけで、吟子は鉄郎に絶縁を言い渡してしまう。それからしばらくして、大阪からある報せが吟子の元に届けられ…。

映画「おとうと」

 山田洋次十年ぶりの現代劇ということだ。
個人的な感慨として、久々に松竹大船撮影所の匂いのする映画を観たということか。
歳月の流れは恐ろしいもので、『男はつらいよ』が終って15年になる。
車寅次郎は渥美清の死去ともに銀幕から消息を絶ってしまったが、
『おとうと』の笑福亭鶴瓶が演じた丹野鉄郎の最期の場面を見ていると、
山田洋次が描けなかった寅次郎の臨終はこんな絵になるのではないかと思った。

 映画作家として山田洋次がテーマとして綿々と描き続けてきたのが「家族」。
この映画のように「よく出来た姉と不肖の弟の物語」という設定もバリエーションのひとつなのだろうが、『おとうと』はストーリーで魅了する映画ではなかった。
姉と弟の関係を人生レベルでとことん突き詰めていくわけでもなく、
四季折々の風景を織り込むものの、スケール感がそれほどあったとも思えない。
蒼井優と加瀬亮のサブエピソードなど、とても21世紀の映画とは信じられないほど平板なものだし、商店街の人々の描写も類型の域を出ず、ひどく生活感に乏しい。
そもそも蒼井優のナレーションで進行するという体裁をとりながらも、
物語が少しも蒼井優の視点で語られていないというのはどういうことだろうか。
その意味で「大船撮影所の匂い」を感じさせるとは、
ちょっと古臭いセリフ回しと昭和への回帰といったことでしかない。
間違いなく映画青年として尖っていた時分の私だったら酷評していたに違いない。

 しかし、批判一辺倒でこの映画のレビューを終らせたくないという気分もある。
思えば今村昌平、岡本喜八、市川崑が鬼籍に入り、大島渚、篠田正浩がセミリタイア状態となった今、巨匠、名匠と呼ばれる監督は日本映画では山田洋次くらいしか見当たらない。
おそらく山田洋次は「よく出来た姉と不肖の弟の物語」を吉永小百合と笑福亭鶴瓶のコンビで作れば、必ず面白いものが出来るに違いないと踏んだのだと思う。
この映画の下敷きが市川崑の『おとうと』。
最後に不肖の弟があえなく死んでいくことは規定路線だったのだろう。
山田洋次は「死」によって家族の関係が終焉する様を描いていく。

 吟子は様々な行動や仕草で鉄郎を溺愛していたことがわかる。
小遣いを手渡し、借金を工面し、急病を聞き、大阪まで駆けつけるということ以外にも、さりげなく鉄郎のマフラーを正すという仕草にもそれはよく表れている。
映画が小春の語りによって始まる以上、少年少女時代の姉弟の姿を回想する場面は出てこないが、吟子が母親代わりで鉄郎の面倒を見てきた歴史は想像がつく。
その関係が死によって断ち切られていく人生のやるせなさ。
長い間『男はつらいよ』という家族の「線」を描き続けてきた山田洋次は、
ここで家族の「点」を描くことで、ライフワークの到達を目指したのかもしれない。
その「点」がセンテンスなのかピリオドなのかはわからないが、
死を迎える弟の姿を終末医療の現場で克明に描いて見せたのは特筆すべきではないか。
映画では民間ホスピス「みどりのいえ」を実にリアルに描いており、
むしろ高野家の描写よりもウェートを重くしたのではないかと思ったほどだった。
映画は「死んでゆく者を克明に綴る」ことを目指すが、「死んでいく者を看取る」役目も担う。
その舞台をきっちりと描いて見せたのはよかった。
「みどりのいえ」を経営する小日向文世、石田ゆり子の夫婦が明らかに他者とトーンの違う自然体の演技を披露する。

 もはや口から食事が出来ず、管を通して栄養や水分を直接胃に運ぶ鉄郎。
病状が悪化し、映画は悲惨な状況を描写するが、水だと嘘をついて吟子に焼酎を注入させる場面などは山田節の真骨頂だといってもいいだろう。
この辺りは条件反射的に涙が出る。

 姉の吉永小百合はともかく、弟に笑福亭鶴瓶でキャスティングしたことで、ひとつの個性を生んだことは間違いない。
『ディア・ドクター』に引き続き、鶴瓶は最良の効果を出演作品にもたらしていた。





2010.2.28 TOHOシネマズららぽーと横浜






author:ZAto, category:映画, 23:59
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