甲子園準々決勝観戦、トラ友たち(というより、もう普通に友達ですけどね)との楽しい酒席を間に挟み、8月16日、ビジネスホテル関西を朝7時にチェックアウトして、いよいよ若狭・小浜へと向かいます。
実をいうと長いこと福井は私の本籍地である新潟から見て、越後−越中−越前という北陸道の並びで把握しており、関西から琵琶湖を上がったところにあるというイメージがまったくなかったのです。ですから大阪駅から7時41分発の特急サンダーバードで出て1時間半足らずで敦賀に到着したときは少々面食らいました。
●敦賀駅のホーム
さて貧乏旅行ゆえに小浜まで特急を使わないで行くつもりが、特急に乗れば敦賀から小浜線に乗り換える待ち時間が50分くらいあることから、急遽、敦賀で一旦下車してタクシーで「気比の松原」に向かうことにしました。まったく、旅の空に出てしまうと財布の紐が緩みっぱなしになってしまうのは困ったもの。
●気比の松原
「気比の松原」は静岡「三保の松原」、佐賀「虹の松原」と並ぶ「日本三大松原」といわれる景勝地ということですが、そんなことよりもなによりも、ここは和田友春のデートの定番でありまして(笑)、求愛する友春を喜代美が殴った場所です。尚、喜代美は思い出す限り子供時代にも友春を1回殴り、その後2回、小草若と小草々を1回づつ殴っていますので、「朝ドラ史上、いちばんヘタレなヒロイン」の実体は「男を計5回も殴った朝ドラ史上、稀にみるバイオレントなヒロイン」の側面を持っていますが、どうでもいいですね(笑)。
タクシーの運ちゃんに待ってもらって携帯のカメラで撮影。ちょうど海水浴の時期で、しかも夜には花火大会ということで海岸にはあちこちにテントが張られており、景勝地もへったくれもあったものじゃございませんでした。松の木の陰からシャッターを押していると水着のおねぇちゃんを隠し撮りしているオヤジという風体になったので早々と退散しましたが、一応、運ちゃんにお願いして石碑の前で記念写真。結局、自分が写りこんだ写真はこれだけになりました。
運ちゃんとは車中で甲子園談義。「最近、敦賀気比高校の名前聞きませんねぇ」「巨人の内海がいた頃が全盛やっただけど、ほとんど福井の子はおらんでね〜」
ここで駅弁を購入して小浜線に乗車。ドラマではわざわざディーゼル車両を走らせたというこだわりぶりでしたが、実際は電化されています。
●へしこの炙り寿司
駅弁はさすがに全国区の富山の「ますのすし」が大量に売られておりましたが、チョイスしたのは「へしこの炙り寿司」。へしこは鯖を糠で漬けた保存食で、酒のあてにもいいのでしょうが、ごはん好きにはたまらない一品で私の大好物ですが、この弁当は上手におぼろ昆布で包むことによって、へしこ独特の臭みをかなり抑えておりました。へしこの風味を思いっきり楽しみたい人にはマイルドすぎるかもしれません。しかしこれで羊羹を大量に作った糸子おかあちゃんの独創性は、やがて奈津子さんを和田家に近づける遠因となるわけですね(笑)。
ここで「んが〜」と電車の天井を仰いだのは、駅弁に高じるあまり、あの感涙の名場面「小浜のど自慢大会」の舞台となった長井浜のロケ地を喜代美目線で車窓から捉えることを忘れてしまったこと。結局、長井浜は小浜駅の向こう側だということを知ったのですが、このときは「やらかした」と思いました。ここでレイニー氏の「和田家の来阪ルートは福知山経由となり遠回りやね」という言葉がようやく納得できました(笑)。
●小浜駅
午前11時前、ついに小浜駅に到着。ここでは家出同然に実家を飛び出してホームで不安げな喜代美に小梅おばあちゃんが現れて三味線を渡す場面に使われました。このシーン、その直後の長井浜のど自慢の号泣シーンの前段として忘れがちな場面ですが、改めてDVDを見直すと、喜代美が破ってしまった三味線の皮をちゃんと張り替えた小梅おばあちゃんが、旅立つ孫娘へのエールを贈る粋な場面でしたね。
●わかさ小浜観光案内所
駅の真横に「わかさ小浜観光案内所」がありました。ここの管理を竹谷さんがやっているのかどうかわかりませんが、入り口には「ようこそのお運びで厚く御礼申し上げます」とあったのはお約束としても、放送終了から五ヶ月、いまだに『ちりとてちん』一色という按配でございました。
●和田家住民票
ここで和田家の住民票を300円で購入(笑)。塗り箸の透かしが入っています。
案内所のおばちゃん曰く「もうあやかれるものはとことん使う」のだそうで(苦笑)、「これからは先はオバマさんや」だそうです(爆)。まるで発想が小次郎のおっちゃんみたいです。
●市内観光周遊バス「ちりとて号」
さて、ここで私は観光協会が市の予算で走らせている「ちりとて号」という周遊するバスを予約しておりまして、ここからバスで観光に出かけるわけですが、当初、予定していた「箸のふるさと館」はお盆で休館ということで、予定変更して「さば街道の出発点になりました」とのこと。いづみ町商店街は絶対に行きたかったので、むしろ有難いというものです。さらに予定変更のお詫びに若狭塗り箸をいただきました。
●若狭塗り箸
おそらく一時期、和田塗り箸店の店頭にも置かれていた廉価品でしょうが(笑)、観光協会のはからいは悪くないと思いました。竹谷のおっちゃんもなかなか粋です(違っ?)
20人乗りのバスに乗客は9人。このうちカップルが女子高校生ふたり連れを含む老若男女4組。つまりは独り者は私だけでございました(苦笑)。
こんな具合で11時10分出発で16時過ぎに小浜駅に戻る「ちりとて」号は小浜観光に出発したのでありました。
“海のある奈良”と呼ばれる小浜。「ちりとて号」といいながらも小浜でのロケ地をつぶさに回るのではなく、あくまでもガイドつきの周遊バス。当初からロケ地めぐりという目的を持ってしまうと物足りないだろうなという予感はありました。実際、鳳燦山羽賀寺の十一面観世音菩薩など国の重要文化財などもめぐるのですが、ドラマとは無関係。
ただ現実的な問題としては詳細に計画を練る時間がなく、殆ど無防備な旅立ちだったので、周遊バスはてっとり早いというのはありました。そもそもこの旅は、大阪での友人たちとのアポや交通手段の計画、ホテルの予約から甲子園観戦まで、すべては小浜観光協会に電話をしたことが初端となったわけです。
しかし、ここは両和田家、野口家の面々が過ごしたふるさと・小浜。
『ちりとてちん』の重要なテーマである「ふるさとへの回帰」と「伝統の継承」を肌で味わうためにも、小浜という、自分にとって初めての土地の外堀は抑えてもいいのではないかとも思うことにした次第です(笑)。
最初に向ったのは
「御食国(みつけくに)若狭おばま食文化館」。
リーフレットの解説によると「若狭・小浜の食に関する歴史や伝統工芸を体感できるミュージアム。1階にはヒロインの実家の外観、2階には塗り箸工房のセットを再現してあります」とのこと。実際、塗り箸の研ぎ出し体験や出演者のサイン色紙などが展示してありました。
●箸の端
ドラマを観ていない人にはなんのこっちゃ?と思われる写真でしょうが、これは原木から塗り箸を作る過程で不要になった切れ端、木片の屑です。いわゆる少年時代の友春が学校で人気者になるための必須アイテム(笑)。たかが木の切れ端と思わせつつ、小梅おばあちゃんが正臣さんの経営する製作所の存在を快く思っていないことを端的に知らせるとともに、正平の手先の器用さと恐竜好きという伏線を生んで、やがて草々に辿り着くという魔術のような藤本有紀の脚本の中で、「草若師匠のテープ」「A子とB子が交換した石」と並ぶ“3大アイテム”(←勝手に命名)のひとつとなりました。
●ドラマ出演者色紙
放送開始当初は個人的には見たことのない役者ばかりが登場したドラマでしたが、彼らが次第にお茶の間の人気を得て行く過程が、物語の進行とシンクロして役に濃度と深みが増し、まるでドキュメンタリーを観るような醍醐味を感じさせてくれたのも『ちりとてちん』の大きな魅力でした。
米倉斉加年氏の色紙は押印つきで、さすが年季を感じますが、虎ノ助氏のサインには思わず笑ってしまいます。色紙の日付は2007年11月16日。まさか一年足らずして実質、主演作となるスピンオフが放映されるなど、本人は夢にも思っていなかったに違いないでしょう。
●和田家セット再現
なお、塗り箸店の入り口の木札は〔準備中〕となっていましたが、もちろん裏返して〔営業中〕にしてみたのはいうまでもありません(笑)。
●高座
『ちりとてちん』はNHK大阪(BK)の制作ということで、関西圏以外の視聴者は特番やイベントに関しては諸々、アウェイの悲哀を味わうことになりました。このセットの再現にしても、それなりにしっかりと作られてはいましたが、NHK大阪のスタジオで実際にセットを見学されたファンが得た臨場感にはまったく及ばないでしょう。しかし市の管理施設にこのような展示物が作られていたことで、いかに小浜市が市を上げてドラマをバックアップしていたのかということがわかります。もっともドラマの方が市をバックアップしていたという見方もないわけではないですが(笑)。
●いづみ町商店街
若狭湾で水揚げされた鯖を京都まで運んだという「鯖街道」の起点となった場所。ガイドのおじいちゃんさん曰く、今はシャッターが下りている店舗もあるが、昭和三十年代には魚市場として大層な賑わいだったということ。このおじいちゃん、若い頃に実際に鯖街道を上がって出町柳まで歩いたそうですが、たっぷりと2泊は必要だったようです。そのあたりのことを色々と尋ねたところ、今は小浜も海産資源が枯渇して鯖も千葉沖や三陸産のものを運んでいるらしく、焼き鯖に至っては98%がノルウェイ産だということ。まったく…聞かんでええものは聞かん方がよかった気もします(苦笑)
●焼き鯖
「若狭フィッシャーマンズワース」で念願の焼き鯖を戴きました。「戴きました」というよりも喰らいついたという感じでした。ドラマに幸助さんが登場して以来、どうしてもこいつが食いたくて仕方なかったのです。
そういえば小草若に小馬鹿にされた草々が「焼き鯖食いにここに来たんや!」とうそぶく場面がありましたが、「ロケ地めぐり」といいながらも小浜に来た目的の半分は焼き鯖でした。ノルウェイ産だろうが何だろうが(笑)、ボリューム満点!青魚好きの本懐を遂げた気分で、定食で食べる塩焼きや鯖味噌にはしつこい味のものもありますが、脂がほどよく抜けて大変美味しゅうございました。(ただへしこ炙り寿司との連チャンでしたので一週間は鯖を食わなくていいやとは思いましたが…)
●マーメイドテラス
失恋の傷を抱えて帰郷した喜代美と、もう一度落語を聞かせようと小浜にやって来た草々。ふたりが再会する場面に使われました。喜代美と草々が左右から現れて、この人魚の像で鉢合わせになるというシーンでしたが、あの頃の草々の荒々しさ、次第に人となりが明かされていくのは物語初期の楽しみのひとつでしたね。
●三丁町
小梅おばあちゃんが芸妓さんとして鳴らした有名な色街です。そのうち下の写真は小学校時代の喜代美たちの通学路でも使われた路地です。
福井地震の影響もなく、とくに大きな災害に遭っていない土地柄だけに、古き佳き時代の面影が残っており、千本格子や紅殻格子を施した家並みが並んでいます。どうやら市をあげて街の景観を保存することになったそうで、格子のリニューアルには市から補助金が出るとのこと。
さて正太郎おじいちゃんは小梅さんに会うため、給料をここにつぎ込んで通い詰めたのでしょうか。ドラマの大詰めでは喜代美と清美の命名の秘密も明かされており、その意味でも両和田家にとっては重要な意味を持つ町だといえそうです。
●常高寺石段
下校途中に喜代美と順子がここの石段に座り、卒業後の進路を語り合う印象的な場面で使われました。石段の上には小浜線の線路があり、彼女たちの背中を列車が横切るという凝った映像で、喜代美の近い将来を見事に暗示していました。
石段の頂上に遮断機のない踏み切りがあり、ちゃんと列車の通過時間板もあります。
案内板によると常高寺の境内は線路の向こう奥まで拡がっています。
これは石段からの風景。彼女たちはこんな風景を見ながら語り合っていたわけです。遠くに若狭湾を臨むことが出来ました。
「ちりとて号」はこのあと鳳燦山羽賀寺へと向います。ただここは前述したようにロケ地とは無関係の場所であるため、写真のアップはしませんでしたが、ご本尊である国の重要文化財、十一面観世音菩薩像は見事なものでした。好きな仏顔でした(笑)
ただこの羽賀寺、ドラマには出てきませんが、定期的に上方の落語家を招き「ちりとて落語会」という催し物が開かれたということです。
●「ちりとて」号
バスは16時に小浜駅前に到着して散会。
もちろんバスの窓から小学生の喜代美がラジカセを持っておじいちゃんが入院する病院まで走った「あさかぜ商店街」や、海岸線を走るたびに西津浜の突堤や橋が車窓越しという不自由さもあり、ロケ地めぐりも大阪編と比べれば浅いものになりましたが、甲子園焼けした肌がヒリヒリと痛み出し、疲れも溜まっていたのでバスでの周遊というチョイスは正解だったと思います。
私の持論として「後ろ髪引かれるのが旅の醍醐味」というのがあって、西津浜も若狭総合公園も梅丈岳も長井浜も次回の課題として、この旅の幕を引くこととなりました。
思えばレイニー氏ではありませんが、放送が終了したテレビドラマのロケ地をめぐる旅などは酔狂以外の何ものでもないかも知れません。結論としては、そこまでさせた『ちりとてちん』が凄かったのだということに尽きるのですが(笑)
この齢になってそういう酔狂に身を投じてみるのは楽しいものでした。今回はたまたまロケ地めぐりという旅でしたが、酔狂を大真面目に取り組むこともアリなのではないかと思いましたね。
研いで出てくるのが塗り重ねたものだけなら、そこに「酔狂」という模様が浮かぶ人生なんてのも、なかなかオモロイのではないでしょうか。