RSS | ATOM | SEARCH
映画 『 北のカナリアたち 』

北のカナリアたち 〔東映創立60周年記念作品〕
と銘打たれていた。
思い出すのは30周年記念作品が 『やくざ戦争・日本の首領<ドン>』 だった。あの時 “東映、男の30年” のキャッチが踊っていたことを思うと、吉永小百合主演の60周年には隔世の感がある。
いや、実際に隔世と呼んでも可笑しくない歳月ではある。
それを思うと第一線で看板女優であり続けている吉永小百合は、隔世を超えた存在だといえるのだろう。

 ところが以前、東映作品のビデオの販売会社に在籍していた経験では、とにかく吉永小百合のビデオは当たらないというのが定説になっていた。
実際、劇場の成績はそこそこでも、ビデオソフトは見事にコケまくり、大ヒットメーカーの深作欣ニでさえ 『華の乱』 のセールスは不調に終り、ビデオショップでの稼動も芳しいものにはならなかった。
要するに吉永小百合で劇場に来る固定客の年齢層が、ビデオショップ利用の客層とかけ離れていたこともあったが、仕事帰りにビデオを借りて、寝床に着く前に気軽に観るのに「吉永小百合はちょっと」と敬遠されていたのだと想像する。
吉永小百合なのだから悪い映画はないのだろうけど、良くも悪くも破綻がない。
それは岡田裕介がプロデューサーに就任して以来、定期的に製作されてきた東映の吉永小百合映画全般においての評価なのだと思う。

 さて、もうひとつ悲しいお報せとして、『北のカナリアたち』 のチケットが金券屋で450円という廉価で売られていたこと。
まぁ自分も購入しておいてなんだが、〔東映創立60周年記念作品〕が封切りで450円というのは「なんだかなぁ」ではある。
 鑑賞券も、二次流通に出回るときは需要と供給のバランスで価格は決まってくるので、
節操なく前売りを発行しまくると供給過多を招き、市場でダンピングが発生するのは市場の原理で、おそらく金券屋にタダ同然で大量に持ち込まれたのだろう。
かつてのブロックブッキングで無敵の王座を保持し続けた東映も、シネコンの興隆ですっかり東宝に水を開けられて久しいが、東映映画を東宝系のシネコンで観ているのだから、さもありなんということか。

 日本最北の島・礼文島と利尻島で小学校教師をしていた川島はる。
彼女は20年前にある事件で夫を失ったのをきっかけに追われるように島を出た。
しかし教え子のひとりを事件の重要参考人として追う刑事の訪問がきっかけとなり、はるはかつての生徒たちに会う旅へ出る。
再会を果たした恩師を前に生徒たちはそれぞれの思いを口にし、現在と過去が交錯しながら事件の謎が明らかになっていく。

 形式としてはデュヴィヴィエの名作 『舞踏会の手帳』 を彷彿とさせる。
意外といっては坂本順治にも吉永小百合にも失礼だが、結構面白かった。
もちろんまったく破綻が無かったわけではないが、吉永小百合という旗艦があって、その破綻を見せない大女優が狂言回に徹したことが良かったのだと思う。
確かに不治の病を抱える夫との葛藤や、警察官との不倫など、彼女にもドラマは用意されているのだが、離島の小学校教諭という役柄で、子役や若手俳優たち相手の受けの芝居になったことで、ドラマに安定感をもたらすことに成功していたのではないか。
吃音の少年の叫びにオルガンを合わせて「カリンカ」を歌わせる場面はこの映画の白眉。
歌を覚えたことで小さな分校の生徒たちがまとまっていく過程は、実はこの映画の後に、『サウンド・オブ・ミュージック』を観て、コーラスの素晴らしさが符合して何とも楽しい思いをした。

 しかし20年の歳月は子供たちを変えていく。
小さなカナリアたちは成長とともに、現実の中で歌を忘れてしまう。
失業する者、不倫をなじられる者、ずっと殻に閉じこもり生きる者、罪を犯して逃亡中の者と、それを追う警察官になった者・・・。
歌詞のようにカナリアは山へ捨てられていたということか。
それが紆余曲折の末、彼らが再び歌を取り戻していくエンディングへの流れは森山未来の熱演も光り、非常に良かったのではないか。
森山未来のキレのあるダンスや歌はYouTubeで観たが、底知れぬ才能を日本の演劇界は得たのではないか。

 湊かなえの原作『往復書簡』は読んでいない。
聞くところによると手紙のやり取りだけで構成した短編だというので、先に映像で観てしまったらまず原作に手を出さない私も、ちょっと読んでもいいかなと思いはじめている。
そういう原作をきちんとした映画に仕立てたのだから、那須真知子も会心の仕事だったのではないか。
坂本順治の演出も20年の過去と現在を流れるような編集の妙味で2時間を飽きさせない。
思えば坂本順治も衝撃的なデビュー作 『どついたるねん』 から23年。
初期の “大阪新世界三部作” の頃から円熟した演出力は持っていたが、とうとう佐藤純弥や降旗康男が登板しそうな大作を任されるようになったかとの感慨もあった。

 残念だったのはデジタル撮影では冬の離島の寒さがまるで伝わってこなかったこと。
白波が岩に砕けて海猫が舞うショットなど、木村大作らしい絵を撮っているのだが、そもそも劇映画のカメラマンの仕事はいかに情動を表現することであって、NHKの紀行番組のように風景を額縁にはめることではない。
遠くの地平線や水平線の淵が電気的に思えてしまったのは私だけだろうか。
フィルムで味わうべき映画だったと思う。



2012.12.25 TOHOシネマズ海老名




author:ZAto, category:映画, 00:20
comments(0), trackbacks(0), pookmark
Comment









Trackback
url: http://blog-zatopek11.net/trackback/398
みんなのブログポータル JUGEM