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映画 『 あなたへ 』

 高倉健6年ぶりの主演最新作。
十代の頃からずっと健サンを観続けてきた身として、“ 高倉健80歳 ” という現実にまず打ちのめされてしまう。さらに今の私が 『 居酒屋兆治 』の頃の健サンと同じ歳で、あの映画が30年も前の映画なのか思うともう眩暈がしてきそうだ

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 思えば、当時の健サンの新作と名画座で仁侠映画を同時に味わいながら、フィルモグラフィを縦断する形で、「高倉健」が年代や年齢を超えて私の中で存在し続けた事実があり、それゆえに80歳という健サンの実齢を容易には受け入れ難いものがあった。
しかし健サンは主役しかやらない(できない)大スターであり、いわゆる健サンのブランドは「高倉健映画」というジャンルにまで昇華してしまっているので、そのつどの年齢に応じた健サンの変遷を辿ることは根本的に無意味なのではないかとも思うのだ。
おそらく80歳の健サンでも『 居酒屋兆治 』 は可能だし、50代の頃でも 『 あなたへ 』 は十分に成立する話なのだろう。
 
 富山刑務所の指導技官・倉島英二のもとに、妻が遺した絵手紙が届く。
そこには「故郷の海を訪れ、散骨して欲しい」との想いが記されていた。
妻の故郷を目指すなかで出会う多くの人々。彼らと心を通わせ、彼らの家族や夫婦の悩みや思いに触れていくうちに蘇る亡き妻との何気ない日常の記憶の数々。
様々な想いを胸に目的の地に辿り着いた英二は、遺言に従い平戸の海に散骨する。
そのとき、彼に届いた妻の本当の想いとは……。

 そもそもこの映画は、亡き妻の遺言を果たすため、長崎までキャンピングカーで旅に出る80歳の老人という話にはなっていない。
劇中の誰もが「倉島さん」とよび、決して「おじいちゃん」とは呼ばない。
いかめし販売員の草剛に実演販売までも手伝わされる羽目になる場面も、決して若者にこき使われる老人という絵にはならないし、台風の夜にキャンピングカーで寝泊りするのを客間に誘う余貴美子や綾瀬はるかも80歳のご老体を労わるという場面にはなっていない。
比較しても意味のないことだが 矢口史靖監督の 『 ロボジー 』で老人を演じた五十嵐新次郎(ミッキー・カーチス)よりも健サンは6つも上なのだ。
そもそも刑務官の定年退職が60歳で、嘱託で再雇用されるのもせいぜい5年ほどだと考えると、『 あなたへ 』への倉島の設定年齢は80歳であるわけがない。
つまりは80歳の健サンがどんな形でリアルな主役を演じるのかという期待は見事に裏切られたといってもいい。
なにせ「さよなら」の意味に「これからは自分の時間を生きよう」というメッセージが込められていたという決着なのだから。

 旅があって、過去の出来事がフラッシュバックで現れる。
もう何度も観てきた高倉健映画だ。
主人公に絡んでくる登場人物たちが、何らかの事情や過去を抱えていて、それらを総花的に見せることで「あれも人生、これも人生」の人間模様が形成され、その中心に眉間に皺を寄せた健サンが存在する。
いつもの降旗康男による、いつもの高倉健映画の域から一歩たりとも出ようとしないのは少し頑な過ぎるのではないかと思った。
本当に亡き妻の配役が娘ほどの田中裕子で良かったのだろうか。倍賞千恵子、いしだあゆみ、加藤登紀子・・・みんな歌は上手いのだが。

 しかし考えてみると、等身大の80歳の心境を演じる健サンの姿を本当に観たかったのかといえばどうなのだろう。
シルエットはとても80には見えなかったものの、アップになると往時を知る者として枯れたなという印象は否めない。
いや、80歳の老人なのだから枯れるのは当たり前で、111分の上映時間の中で健サンが出ていない芝居が殆どないくらい、ずっと出ずっぱりで、それで最後まで画面を持たせてしまうことこそが素晴らしいことだとファンなら思うべきなのか。
そう、若干の不満を抱えつつも、健サンが健サンであったことに安心していた自分もいたのだった。

 それにしても、これから先も健サンは高倉健を通していくつもりなのか。
美学を貫いて今回でお終いなどということはないだろうか。
希望としては降旗康男が監督でも構わないので、クリント・イーストウッドが 『グラン・トリノ』 で見せたような決着を、ぜひ健サンにもつけてもらいたいと思っているのだが。



2012.8.25 TOHOシネマズ上大岡


author:ZAto, category:映画, 22:37
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