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映画 『 ミッション:インポッシブル/ゴースト・プロトコル 』
 
M:i4 シリーズ一作目はブライアン・デ・パルマが才気をとうとう枯渇させたかと思うほど面白くなかったが、メガホンを引き継いだジョン・ウーの二作目は得意の様式美をたっぷりと披露してなかなか楽しめた印象がある。
しかし、さすがに別の監督による三作目には食指が動かないでいた。
最新作の『ミッション:インポッシブル/ゴースト・プロトコル』を観る気になったのは、IMAXカメラで撮影された映像がどんなものか、最先端技術を結集したとされるIMAXシアターで体感してみようと思ったからだ。
通常の倍近い入場料を払っただけあって、確かにスクリーンの鮮明さや音響の良さ、観賞環境の居心地のよさは体感できたと思うのだが、やはり画面の質感があまりに電気的であることが最後まで違和感として残ってしまった。
今やCGであることは当然と割り切ったうえで、CG技術にどんなアイディアが盛り込まれているのかに注目すべき時代なのだろう。
しかしトム・クルーズがいくらスタントなしで身体を張ったとしても、どこか映画の撮影というより素材撮りに終始していたのではないかと訝しく思う。
そう映画はブタペストからロシア、ドバイ、インドと舞台が目まぐるしく変わるものの、これもクレムリンを大爆破させ、イーサン・ハントにブルジュ・ハリーファをよじ登られてしまうと、実はすべてパラマウントのスタジオでCG合成したのではないかと疑ってしまうのだ。このあたり割り切らねばと思いながらもなかなか苦しい。(エンドロールに各国のクルーがクレジットされているのできちんとロケはしていたと思うが)

 それでもラロ・シフリンのテーマ曲がかかるとパブロフの犬みたいに気分は高揚する。
『燃えよドラゴン』から始まって『ブリット』 『ダーティ・ハリー』へと遡り、私は今までこの人のスコアに何度気分を踊らされてきたことか。
そして導火線。『スパイ大作戦』である以上、導火線に火がつかなければ始まらない。
そもそも『スパイ大作戦』の魅力は諜報のアィディアと大小様々な道具に思わずニヤリとさせられることだった。
そのテイストはこの映画にも十分に生かされている。
打ち出の小槌かドラえもんのポケットかというぐらい、次々と小道具が飛び出して楽しませてくれるのだが、一方で5秒経っても消滅しない指令、途中で機能停止する吸盤手袋(?)、未完成のまま時間切れで使わなくなったフェイスマスクなどの失敗例も洒落が効いている。
さらに第一作、二作と観る限りは、ややもするとトム・クルーズ“イーサン・ハント”のワンマンショーになりがちだったのだが、今回はIMFのチームが上手く機能する。
技術屋のベンジー、冷静な分析官ウイリアム、紅一点のカーター。それぞれに思いがあり物語の中でいかんなく個性を発揮している。
そう『スパイ大作戦』は同じ諜報部員を描いてもジェームズ・ボンドはいない。適材適所に配置されたチームプレーの面白さを描くドラマでもあった。
そう思うと、この最先端技術を結集したハリウッド最新超大作に対し、私はテレビシリーズの残り香を嗅ごうとしていたのかもしれない。
別にデジタルの中に見え隠れするアナログを求めていたつもりはないのだが。

 さて来年からフィルムも映写機も消え、デジタルプロジェクターが運用されると聞く。
映画がトーキーとなりカラーとなり、いよいよ第三の改革期を迎えたということだろう。
映画興行がシネコン化された時点でそれは想定されていたことで、映画を観続けていく以上はいつまでもフィルムへの郷愁に浸っていても仕方がないのかもしれない。
しかし昔はテレビへの対抗のため、映画はスタンダードからシネマスコープ、大作では70个離侫ルムを使うなどスケールの大きさを目指して膨大な投資がされてきた。
それがデジタル技術であらゆることが可能となった。
そうCGなどの技術革新だけではなく、デジタル化があくまでも効率を求めた結果である側面も見逃してはならない。



2011.12.17 109シネマズグランベリーモール/IMAX-THEATER



author:ZAto, category:映画, 09:30
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